“The Universe and Art: Princess Kaguya, Leonardo da Vinci, teamLab “

2017年、年始に東京に滞在した際、いくつか展覧会を回ったのですが、そこで見た展示の感想を今まとめています。

ですが、頭の中を整理し文章にするのがとても遅く、一週間頑張って3作品。すべてまとめたものがいつになるのか、…なので言葉にできたものからblogに載せていこうと思います。

 

森美術館で、下記の展覧会を観てきました。

「宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」

“The Universe and Art: Princess Kaguya, Leonardo da Vinci, teamLab ”
2016年7月30日(土)-2017年1月9日(月・祝)

Details here: http://www.mori.art.museum

宇宙を様々な切り口でみる展示でした。作家の作品もあれば、中世の天体観測の道具とか、江戸時代の記録とか、大量の作品数でした。

宇宙と芸術を関連付けて考える(…または作品を作る時)、宇宙の捉え方が個人それぞれであり、よって膨大な表現方法とそれだけその成果があって、それを展示するのだから作品数も多くなる。そんな印象を受けました。

特に私の中で印象的だった作品を紹介します。

 

 

▼Conrad Shawcross コンラッド・ショウクロス
“Timepiece” 《タイムピース》

日時計から着想を得た作品。

長針、短針、秒針の役割をしたアームのようなものが回転して、秒針のアームが滑らかに動く。

アームには先端に明るく光る電球が付いていて、その光源の動きを見ていると、宇宙の太陽や星々の動きを早回しに見ているような気分になる。自分が地球にいたら絶対に見れないような、神様か、宇宙の塵にでもなったかのような。

それとは別に、細長いポールが床に直立していて、電球からの影が床の上を時計のように動く。

また、壁に機械の影も投影されるが、その影も滑らかに動く。それは国際宇宙ステーションが浮遊しているようにも見える。

私たちが日頃言葉にする「時間」って概念は、人間が生活していくために、長い季節の変化の中で、星や太陽を見極めながら、365日を1年にして、1日を区切って、それを細かく、細かく区切っていってできたものだと私は思っている。けれどこの作品を見ていると、その細かく区切ったものに縛られ、それに執着して信じきっている自分に気付く。本当は、時間って途方もなく大きくて、区切れないものなのではないか。

同時に、時間を発明して、それにすがって生きている人間のたくましさも実感する。

 

 

▼Björn Dahlem  ビョーン・ダーレム
Black Hole (M-Spheres) 《ブラックホール(M – 領域)》

「巨大なブラックホールを中心に回る銀河系と、最新の多元宇宙のあり方などを再解釈したもの(森美術館の解説より)」

作品の展示部屋の奥がガラス張りなのですが、そのガラスに蛍光灯の光が写り込んで、そちらの方も宇宙みたいだった。大きな木組みと蛍光灯。身近な素材で、宇宙の銀河やその外側、あり方の解釈を表現している。

 

DSC_3855

 

上記の2作品は、動画撮影が可能だったので撮影しました。▼Conrad Shawcross → ▼Björn Dahlem の順です。

Conrad Shawcross “Timepiece”は、床のポールが撮影した画面に収まりきりませんでした。

音が鳴りますので、音量にご注意ください。

 

 

 

▼teamLab チームラボ

《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく – Light in Space》

2016年/インタラクティブ・デジタル・インスタレーション/4分20秒/サウンド:高橋英明

これも動画撮影がOKだったので、撮影してみました。

真っ暗な部屋に入って、しばらくすると、左右前後の壁と床に、宇宙空間と数匹のカラスが投影される。

その後、カラスが勢い良く宇宙空間を飛びかったり、お互いにぶつかったりして、その軌跡が流星のような輝きで壁に投影されたり、ぶつかった衝撃で欠片がキラキラ弾け飛んだり、

その鮮やかな様子がとても眩しい作品でした。

ズームしたり、左右にふられたり、勢い良く後退したり、投影される映像は奥行きのある動きをするので、一点に立っていても、自分の周りが動いているような感覚になる。

海で波打ちぎわに足を砂に埋めて立っていると、波が引いていく時、自分の足も引っ張られて、引いていく波と一緒に自分も動いているような感覚になるけれど、その感覚に似ていた。

部屋に入る人数が制限されていて、1回で完全に入れ替え制なので、2回鑑賞したのですが、

1回目と2回目に、案内してくれる美術館の監視員さんが違う人で、1回目の案内の人は「今、後方のライトで円形に照らされている床の上であつまって鑑賞してください」と案内してくれたので、一緒に鑑賞する人たちがかたまって鑑賞できた。

そうするとみんなでひとかたまりになって宇宙を飛んでいるような、スピード感があった。

一方で2回目に案内してくれた人は、特に何の指示もなかったので、一緒に鑑賞する人たちがそれぞれ室内の好きな位置に立った。そうすると不思議で、1回目のようなスピード感がない。投影される映像の前に人が立ったり、その人によってできる影がいくつかあると、自分と投影される映像との距離感が常に固定されるため錯覚が起こりにくいように感じた。目の前に人が立っているから、脳が、これは投影された映像であると勝手に要らぬ認識をしてしまう。そうではなくて、ぐるぐる左右に振られる、押されるような不思議な浮遊感がこの作品の醍醐味の1つであると思うから、2回目の案内の人のやり方は少し残念だった。

「集まって鑑賞してください」と入り口の案内に書いてあるけど、全員がそれに気付くとは限らないし、気恥ずかしさもある。案内一つでここまで作品の体感速度や感じ方が変わるとしたら、作品をより面白く、深く体験させる案内ってありがたいと思うし、この場合必要なのではないか。と思った。

鑑賞の仕方の違いでここまで違うのかってことに衝撃で、作品の内容にはあまり触れていないのですが、

 

 

 

 

作品について、撮影OKなものが多かったです。

※「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変 禁止 2.1 日本」ライセンス

今後、美術館の展示、作家の作品などは、個々が撮影してSNSなどに掲載する、そこから広がっていったりつながりができたりするのでしょうか。

 

まだもうちょっと書きたいです。

 

2017-01-09 | Posted in BlogNo Comments » 
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